東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7352号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕原告は昭和三六年一月二六日〇時一五分ころ、東京都台東区浅草山谷一丁目四番地先都営電車通りを西側から東側へ横断しようとしたさい、みぎ交差点の北方から南方へ進行してきた被告中西運転の被告会社所有の自動車にはねられ、全治一年の骨折等の傷害をうけた。
みぎ事故は被告中西の過失によるもので、被告会社は各種自動車の販売修理等を営み、本件自動車を所有するものであるが、被告中西にこれを引渡して保管せしめると共に同被告がこれを運転使用することを承諾し、被告中西はみぎ契約に基いてこれを運転使用するものであるから、被告会社は本件自動車につき自動車損害賠償保障法第二条所定の自動車の保有者で、被告中西と共同して本件自動車を運行の用に供していたものというべきで、被告中西のなした本件不法行為につき自動車の保有者として原告の被つた損害を賠償する責任がある(争点第一)と主張し、原告は被告等にたいし各種の財産上の損害請求をしたが、得べかりし利益喪失による損害としてつぎのとおり主張した。すなわち原告は上野公共職業安定所玉姫出張所登録の自由労働者であつて本件事故当時訴外日本通運株式会社に日々雇入れられ、同社小名木川支店に通勤就労していたものであつて、その平均賃金は八五五円であつた。それが本件事故による傷害のため一年間休業しなければならなかつたので、その間労働基準法所定の平均賃金またはその八〇%ないし六〇%の計算による休業補償費相当の得べかりし利益を喪失し、同額の損害を被つたとして金一一万一、一五〇円の損害金の請求をした。(争点二)
争点一につき被告会社は中古自動車ブローカーである被告中西に本件自動車を二一万円で売却し、代金完済まで所有権を被告会社に留保するも、その使用収益金は被告中西が取得し、すでに自動車は引渡してあつたのであるから、被告会社は本件自動車の保有者でないと抗争した。
判決は争点一については被告会社は自動車損害賠償保障法第二条所定の保有者にあたらないとして原告の請求を棄却し、争点二についても労働基準法所定の平均賃金またはその八〇%ないし六〇%を得べかりし利益算出の基礎とする原告の主張を排斥し、原告が休業期間中実際に働いたならば取得したであろう賃金額を確定すべきであるとし、つぎのとおり説明している。曰く。
「そこで、まず、被告会社が、右衝突事故によつて原告の被つた損害を賠償する責任があるかどうかを判断する。原告は被告会社が本件自動車につき自動車損害賠償保障法第二条所定の保有者であると主張する。ところで、同法案には、保有者とは自動車の所有者その他自動車を使用する権利を有する者で自己のため自動車を運行の用に供するものをいうと規定されているので、自動車を運行の用に供しない者は、たとえ、所有者であつてもこれに含まれないものであるところ、自動車を運行の用に供するとは、結局その使用、収益の結果がこれに帰属することをいうものと解すべきであるから、この観点から被告会社がこれに該当するかどうかについて審案する。被告会社が自動車の販売、修理等の事業を営んでいることは当事者間に争いがないところ、……を綜合すると、被告会社は、中古自動車のブローカーである被告中西と昭和三五年一二月三〇日本件自動車につきその主張の趣旨の所有権留保約款を含む割賦払約款付売買契約を締結してこれを同被告に引渡したものである事実が認められる。ところで、右売買契約によれば本件自動車の所有権は被告会社に留保するも、それは一に代金債権確保のためであつて、その使用、収益権は被告中西がこれを有する関係にあるものであるから、被告会社は、自ら、これを運行の用に供することができないのは勿論被告中西の使用、収益の結果を自己に帰属せしめる関係にあるものでもないというべきである。それ故、被告会社が本件自動車の保有者であるということは認められない。以上の認定の妨になる証拠はない。されば、被告会社が本件自動車の保有者として本件事故によつて生じた損害につき賠償責任があるとの原告の主張は、他の争点について判断するまでもなく採用できない。」
「原告は、就労できないために、失つた得べかりし利益として、労働基準法所定の平均賃金を八五五円とし、右平均賃金またはその八〇パーセントないし六〇パーセントの休業補償費の額を基準とすべきものと主張する。しかし、労働基準法の休業補償制度は、労働者の休業によつて当該労働者ないしその家族の生計維持に支障をきたすことがあるものとし、これを補償するにあるのに不法行為に基づく損害賠償制度は、被害者の蒙つた実際の損害を加害者に顛補させるにある。従つて、本件においては、損害額の算定はできうる限り原告が前示休業期間中に働いたならば取得したであろう実際の賃金額を確定し、これに基づいて算出すべきである。然るところ、……を綜合すると、原告が本件事故発生日以前三ケ月間に支給された賃金は六六、〇〇八円であることが認められるから、これを基準に算出すると、当時の平均賃金は七一〇円になる。原告主張の平均賃金八五五円は、基礎とされた金額中に年度末増額支給一三、四八九円を加えて算出されたものであることが右甲第七号証に徴して明かであるが、年度末増給は昭和三六年一月二六日から同年八月五日までの間に支給される筈がないからこれを算入して平均賃金を算出するのは失当である。而して、前記平均賃金七一〇円の一九二日分は一三六、三二〇円であるから、原告は本件事故によつて金一三六、三二〇円の得べかりし利益を喪失したものというべきである。」